祇園祭の山鉾に西洋のタペストリーがなぜあるのか?歴史の謎と物語

祇園祭の山鉾に西洋のタペストリーがなぜあるのか?歴史の謎と物語

こんにちは、室町諭です。

 

ぼくは京都に住んでいますが、

京都では毎年、7月1日より「祇園祭」が開催されます。

山鉾の華やかさは一際目を引くものがありますよね。

豪華絢爛な山鉾巡行を楽しみに見に来られる方も

多いのではないでしょうか。

 

山鉾の装飾品はいろいろありますが、

その中でも一層、華やかさを演出しているものがタペストリーです。

山鉾がそれぞれのタペストリーを飾り、優雅に巡行する姿は

「動く美術館」とも言われています。

 

でも、タペストリーの図柄を見てみると、

ちょっと違和感を抱く人もいるのではないでしょうか?

日本三大祭りにも数えられ、

1100年以上の歴史を持つ日本を代表する祭りに、

一見すると、日本ぽくない

「西洋の図柄のタペストリー」が飾られています。

確かに、豪華絢爛なのですが…なぜ?

と思われる人もいますよね。

 

そこで、この記事では、なぜ祇園祭に

西洋の綴織壁掛(タペストリー)が飾れれているのか?

について、説明していきます。

祇園祭の歴史と文化に触れていただいて、

ますます祇園祭を好きになってもらえたらいいなと思います。

 

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祇園祭の山鉾に西洋のタペストリーが

なぜあるのか?歴史の謎と物語

 

 

タペストリーの秘密

 

祇園祭の起源は、平安時代になります。

当時、都には疫病が流行っていました。

その原因であると考えられていた疫神を鎮め、

退散させるために行われました。

 

祭りが始まった当初は、もちろん、タペストリーなどはありません。

鎌倉時代になると、鉾や長刀に装飾が行われるようになりましたが、

まだ、タペストリーは登場しません。

 

その後、山鉾は互いの町が豪華さを競うようになり、

徐々に巨大化していきます。

 

祭りが始まって、数百年後、

江戸時代になって、西洋のタペストリーは飾られるようになります。

 

タペストリーが日本に渡り祇園祭に登場したルート

 

当時、日本は鎖国をしていましたが、

唯一オランダとは交易をしていました。

タペストリーはオランダから徳川家に献上されたものでした。

 

その当時の京都には、商売で多くの富を得た商人がいました。

「三井家」「伊藤家」などの「豪商」と言われる商人です。

「豪商」は徳川家よりも遥かに裕福でした。

ちなみに、徳川家は豪商に多大な借財がありました。

 

そのようなこともあってか、

ベルギーから徳川家へと献上されたタペストリーはその後、

京都の豪商へと渡り、祇園祭の山鉾を飾るようになります。

 

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 祇園祭の山鉾に西洋のタペストリーが

なぜあるのか?歴史の謎と物語

 

祇園祭の西洋タペストリーの世界

 

1.長刀鉾

 

長刀鉾のタペストリーは

イスラムと中国の文化の交流が見られる

歴史的、文化的にも非常に貴重なタペストリーです。

そのため、現在は保存されていて、

代わりに復元品や新調品が使用されています。

 

2.函谷鉾

 

函谷鉾のタペストリーは16世紀ベルギーで作られ、

江戸時代の寛永10年(1633年)にオランダ商館長が

時の三代将軍・徳川家光に献上したものとされています。

図柄は、旧約聖書に登場する「イサクに水を供するリベカ」

の物語の一場面です。

 

当時は鎖国中ですので、キリスト教はご法度のはずでしたが、

このタペストリーが飾られた理由は分かりません。

当時の人は「聖書の物語の中の絵」とは

思っていなかったのではないか?とされています。

現在は、巡行時は新調品が飾られます。

 

3.鶏鉾

 

鶏鉾の見送り(鉾の後ろ側に飾られる装飾品)は

日本に現存するタペストリーでは最も古いものの一つです。

鯉山のものと合わせて、国の重要文化財に指定されています。

 

図柄は古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩「イーリアス」の、

「トロイア戦争物語」の一場面、

戦いに向かうトロイア王ヘクトールが王妃アンドロマケー、

息子アスチュアナクスと別れる場面が描かれています。

 

実はこのタペストリーは元々は一枚だったものを、

二つに切断されたものだと分かりました。

そのもう片一方が滋賀県長浜市の曳山祭の

鳳凰山見送りで使われています。

 

貴重なタペストリーを切ってしまうなんて、

なんだか勿体ない気がするのは現代人だからでしょうか?

 

4。白楽天山

 

白楽天山はヨーロッパのタペストリーを複数使っています。

前懸は古代ギリシアの叙事詩「イーリアス」のトロイア戦争の一場面です。

トロイの将軍アイネイアスが老いた父を背負って、

陥落する城から助け出す姿が描かれています。

こちらも、鶏鉾のタペストリーと同じで、切断されていて、

滋賀県、大津祭の曳山、月宮殿山と龍門滝山の見送りとして

使われています。

 

5.鯉山

 

鯉山のタペストリーも上手に9つに裁断され、山の周囲に飾られています。

鯉山のタペストリーはギリシャの詩人ホメロスの叙事詩

「イーリアス」の「トロイア戦争物語」のもので、

鶏鉾、白楽天山と同じ物語の一場面です。

トロイの王、プリアモスと王妃ヘカベが

ギリシャの神であるアポロンの像に

祈りを捧げる姿が描かれています。

 

トロイ王の姿は、絵柄の違う4枚を入れて、

合計5枚が日本に現存しています。

巡行時には新調されたものが使われますが、

オリジナルは町会所に展示されます。

 

 

以上、祇園祭の山鉾に西洋のタペストリーがなぜあるのか?

について書きました。

タペストリーの種類もペルシャや西洋、中国の物などもあり、

国際色豊かなものになっています。

しかも、どれも重要文化財に値するほど、

希少で貴重なものばかりです。

 

 

今年の夏は、あなたも、

「動く美術館」を見に来てはいかがでしょう?

きっと、思い出に残る体験が待っています。

 

 

室町諭

 

 

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*こちらの記事も参考にしてください。

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